自動思考の止め方をようやく見つけられたかもしれない
うつになった一番大きな原因は、自動思考が止められないせいではないかと疑っている。
過去に起こった出来事、将来の不安、周囲の人が私をどう思っているか、そんな物がぐるぐるぐるぐる頭の中を回り続ける。会社を出た瞬間に始まり、あまりのいたたまれなさに奇声を発したり壁に頭を打ちつけたい気持ちを我慢し、ようやく家に辿り着けば、靴を脱ぎ捨てると同時に床にうずくまる。安全な家の中で、思考は調子に乗って速度を増す。後悔と自己嫌悪と恥ずかしさで今すぐ消えて無くなりたい。額を床にぐいぐいこすりつける。薬を飲む前はそんな毎日を過ごしていた。
ADHDのせいか、性格のせいか、あるいは両方か。救いを求めて手に取った、うつや認知行動療法、マインドフルネスの本を読んで、自分が「自動思考」「認知の歪み」にがんじがらめになっていることを自覚はできた。精神科の先生にもたしなめられた。そして本やインターネットに書かれてある様々な方法を試したが、劇的な効果を得られることはなかった。調子のいいときは実践できる。だがここぞというとき、本当に辛くてしょうがない、もう耐えられない、と思うときにはまったく助けてくれなかった。
今日、職場で激しく動揺する出来事があり、自動思考がどうしても止まらない状態になった。
震える手でブラウザを立ち上げ「自動思考 止め方」と検索して次々と開いていく。いくつかは会社のアクセス制限に引っかかって警告が出たが、それでも構わず、救いを求めてURLをクリックし続ける。
紙に書き出す、呼吸法、マインドフルネス、他のことに集中する…その場で試せる物は試した。そしていくつ目のサイトだっただろうか。ここに辿り着いた。
なかなか思考停止になれない。自動思考が流れていて、ダメだ、ダメだ、と自動再生されている。止め方がわからない。そんなときは、止めようとしなくていい。
そうだ、止められないものを無理に止めようとするから苦しい。止まらないことを否定するのをやめよう。
そう思うと、いつの間にか詰めていた息を、ようやく吐き出すことができた。
いいよ、いくらでも考えなよ。もう止めやしないから。好きなだけ不安になればいい。なってもいいんだよ。声に出さずつぶやくと、思考は徐々に回転を緩め、やがて止まった。頭の中に静寂が訪れた。
上の引用はこう続く。
代わりに、「聞かないよ」と言ってみる。「ダメだって続けても、聞かないよ」
さらに、
「聞かないよ」と言ってみたとき、そのとき自分のあり方は変わっている。変わったという印象は得られないけど、変わっている。こうして、音もなく、色もなく、地味に認知は再構成されていく。だから、心配いらない。
確かに変わった。もうだめだと思うほど、制御不能だった自動思考を止めることができた。偶然か奇跡だったのかもしれない。次に同じ手は通用しないかもしれない。それでも一度は止めることができた。できるのだ、と経験した。
この後、何事も無かったかのような顔で仕事をひとつ片付けて、上司に報告に行った。理解が早いね、すごい、と褒められた。その後、他の人から声を掛けられた。明日以降でいいから、ちょっと相談に乗ってもらえる?と。頼ってもらえて嬉しい。
あのとき、自動思考の渦の中で、もみくちゃにされて潰れてしまわずによかった。溺れる手で、すばらしいサイトを掴むことができた。救いがあったということに心から安堵している。そして、何とかやり過ごせた後には、ちゃんと希望が待っていた。
大丈夫、もう少しは頑張れる。