引っ越しのこと 1 (動機編)

6年弱、大田区の馬込で暮らした。
その前に住んでいたのは同じ大田区の会社借上のマンションだった。
その会社の転勤で、地元香川県から東京へとやってきて一年半たった頃。私は仕事と住処の両方を無くすことになった。
土地勘のないまま、とりあえず近場で、とにかく安い部屋をさがして引っかかったのが、15㎡の狭いアパート。
狭さ故に、いろいろと住みにくい部屋だった。しかしそのとき追い詰められていた私にとっては、余裕はなくても、生きるために必要な最低限が揃っていた場所だった。
今思い返せばあの部屋は、ギリギリだった私を守ってくれた、卵の殻のようだった。

余裕ができたらこんなところ、すぐに引っ越そうと思いながら、2年の契約を2回も更新してしまった。3回目の更新が迫ったこの秋、ようやく引っ越す踏ん切りがついた。
というか、その卵の殻の中で怠惰に過ごす日々に倦み、環境を変えなければ、と決心したのだ。

引っ越し以外に『失踪する』という選択肢を、夏の間は割と本気で考えていた。
どうせ3ヶ月更新の派遣社員、今の部屋の賃貸契約に合わせ、12月の末でどちらも契約を終了させ、すべての持ち物を処分して、最後は鞄一つ、最後の勤務を終えたら、その足で東京駅に向かって、今まで行ってみたいとも思わなかった地方に向かう新幹線を選んで飛び乗ろう。途中で身分証や携帯電話を処分して…夏中、そんなとりとめのない空想に縋りついていた。とにかく、今、自分を取り巻いているすべてから消えてしまいたくてたまらなかった。

それが、9月を過ぎて暑さが去った頃、憑きものが落ちるようにすとんと気持ちが落ち着いた。そこまで過激にやらなくてもいいんじゃない? 現状を変えたいなら、自分が変わりたいのなら、とりあえず何かひとつから始めてみればいい。

そうだ、引っ越そう。

そして思い出した、幼い頃から願い続けてきた「猫を飼う」という夢。
生まれて成人するまで住んでいた実家は借家だった。そうでなくても、うちの親は子どもが動物を飼うことに否定的だった。
だが今、一人で生活するようになり、どうやら結婚や出産というイベントも自分にはなさそうだ。では人生の伴侶として、生活に猫を迎えるのはどうだろう?

そこで、私は猫の飼える部屋を探すことにした。